訪問看護ステーションの質は、所長によって大きく変わる
訪問看護ステーションの所長には実に様々なスキルが求められ、看護の知識経験があれば誰でも務まるわけではありません。チーム内でリーダーシップを発揮する場面はもちろんですが、ご家族との対話や、関係機関との信頼性構築、スタッフのモチベーション管理など、表立ってはなかなか見えない細やかな業務が数多くあるためです。
- 事業規模拡大のために先を計算できる所長
- 地域の関係者様とのつながりを大切に自らよく動く所長
- スタッフさんたちのことを第一に考え寄り添う所長
素晴らしい考えを持つ所長が数多くいる一方で、
- 言われたからとりあえず務めている所長
- 指示待ちでスタッフさんに動かされている所長
- ご利用者様の把握すら不十分な所長
このような所長が一定数いることも事実ではないでしょうか。
訪問看護ステーションは、病院のようにスタッフが数多くいるわけではなく、数人での運営となることから、良くも悪くも個人の采配や力量、発言がステーションに大きな影響をもたらします。そのなかで全体を束ねる所長が与える影響はさらに大きな意味を持ちます。
同じステーションでも、所長が変わると全く違うステーションに変化していく様も何度も見てきました。
今回は、私が約10名の所長、約60名のエリアスタッフと切磋琢磨し、統括をさせていただたなかで、組織を動かしていくために大切にしていたポイントを3つに絞ってお伝えさせていただきます。
- 所長をしておりスタッフ管理に苦戦している方
- 経営者で所長育成に困っている方現在
- これから経営者、管理者を目指す方
- 訪問看護ステーションの管理状況についてご興味を抱いている方 など
ぜひ参考にしてくださると幸いです。
結論
- 組織を愛していること
- スタッフに「安心」と「自信」を与えられること
- 事業所状況を正しく把握し、言葉と行動に根拠を持っておくこと
1.組織を愛していること
所長というだけで、その人が発する言葉にはパワーが発生します。これは昨今、問題視されているパワーハラスメントで注意が必要なためよく取り上げられています。上席の言葉には常に圧がかかるため、こちらが圧をかけたつもりがなくても、スタッフはパワハラだと感じて訴えることになるのです。
しかしながら、本来パワーは正しく活かすことで組織を正しい方向に導いてゆけるものです。
かの有名なエリザベス女王の名言に「君臨すれども統治せず」という言葉があります。イギリス女王として、国の象徴であり続ける必要があることからおどおどしてはいられない。そのため君臨はしなければならない。しかし、国民に言うことを聞かせ、自分だけが優位に立つような統治はしないということです。
パワーを正しく活かすことも、統治はしないということも、すべては人を愛し、組織を愛しているからこそ可能になると考えます。
一緒に働いているスタッフ、所属している組織を愛していないならば、態度に出てしまうでしょう。
嫌だと思っているスタッフには無自覚にパワーが強まります。
好きでもない組織は押さえつけようとして統治に向かってしまいます。
組織を動かしていくためには、自らがスタッフを愛し、組織を愛することから始まるのです。
その想いにスタッフはついていこうとします。
そのためには、スタッフの良さに目を向けることが大切です。管理しなければと考えると、つい悪いところを探しがちですが、他人は自分にない良さを必ず持っています。
役職者は人間的に偉くなったわけではありません。
常にスタッフに敬意ある言動を忘れてはいけません。
とはいえ、所長も一人の人間です。多忙な毎日に疲弊してしまいます。
だからこそ、愛するメンバーを頼ることができ、お互いに支えあう関係性を築いていくことが大切なのです。
2.スタッフに「安心」と「自信」を与えられること
多くのステーション管理を経験してきたなかで共通していたことは、ステーションの中身(雰囲気、人間関係、モチベーションなど)が良いステーションは、おのずと成長し、地域に根付いてくるということです。
反対に、中身が整っていないステーションは、いくら知識技術に優れていたとしても、足並みが揃わず成長していきません。
そのため、外部との信頼性構築と同じレベルで、所長による内部コントロールが重要となってきます。
リーダー像には、大きく2つのパターンが存在すると言われます。
①チームの先頭に立って舵を取り、皆を鼓舞する存在
②チームの後ろから俯瞰して見守り、皆を支える存在
どちらも素晴らしいリーダー像であり、ステーションに必要な存在と言えるでしょう。
しかし、私が実際にチームをまとめていくなかで感じたことは、①、②どちらか一方ではなく、どちらも必要だということでした。
①のリーダーは、始めのうちは雰囲気良く進んでいきますが、スタッフ全員が所長と同じ熱量と目的意識で動き続けられるわけではないため、ひとたび何かに躓くと再出発が難しくなることがあります。
②のリーダーは、スタッフも自主性を持って、伸び伸びと業務にあたることができますが、業務上のリアルな悩みに寄り添うことが難しくなることや、トラブルの現実的な解決力に乏しくなることが多々出てきます。
ここではリーダー像に触れてきましたが、わたし自身、訪問看護ステーションの所長は、リーダーというよりは、キャプテンに近い存在が望ましいと思っています。
皆さんの職場にもリーダーシップを発揮している「リーダー的存在」がいるのではないでしょうか。リーダーシップは管理者でなくとも発揮できますし、チームの成長のために発揮して良いものです。実力を兼ね備えていれば誰でもリーダーに成り得るため、一人である必要もないのです。
しかし、チームをまとめあげるキャプテンは一人です。キャプテンは、指示を出すだけでなく、出した指示がどんな影響を与えるのか、どれほど大変なものなのかを実際に理解していることが大切です。
すなわち、所長は訪問1件1件がいかに大変であるか、実際にどれほど負担を感じるものなのか、同時にどこにやりがいを見出せるのか、それらをスタッフと分かち合えることが大切なのです。
そのためには、①②の姿を兼ね備えたキャプテンシーを培っていることが必要であると考えています。
①新しいことに取り組むとき、皆が嫌がる業務があるとき、トラブルが発生したときは、
先頭に立って取り組む姿をみせる ⇒ スタッフが「安心」を抱ける
②上手くいっているとき、成功事例があったとき、スタッフが考えを持っているときは、
後ろから見守り、褒めて伝える ⇒ スタッフが「自信」を持てる
「安心」と「自信」を抱くことで必ずスタッフは成長し、組織は動いていくのです。
3.事業所情報を正しく把握し、言葉と行動に根拠を持っておくこと
ここが、3つのポイントのなかで最も具体的なものになります。当然と言われればそれまでなのですが、所長としてステーションが置かれている現状と展望を正しく把握していなければ運営自体がうまくいきません。
私は所長時代から「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」それぞれのEXCELデータを作成し、1つのファイルにまとめてモニターしていました。
- ヒト:毎月のスタッフの訪問件数、残業時間、休日出勤数、体調、面接時に聞かれた想い
- モノ:各事業所の机、椅子、PC、車両台数、医療用災害対策物品数
- カネ:キャッシュフロー、利用者数等KPI推移
- 情報:関係機関先情報、新規依頼元機関、当社PR実施先と反応、次月戦略
そして、このなかで最も注意してモニターしておく必要があるのは、ずばり「ヒト」です。
「ヒト」がいなければ、質の向上も、新しいチャレンジも望めません。スタッフに関する数値は、あるラインを超えると自動でExcelのセル色が青→黄→赤と変わるように設定して、変化があればタイムリーに声をかけるように努めていました。
日々忙しい業務だからこそ、必要な情報が一目でわかり、タイムリーに行動できることが大切なのです。
ここまで聞くと「どうせできない」「面倒くさい」と思う方もいるかもしれません。しかし、前述2つのポイントは自分の性格や考え方を修正する必要がある場合もあることに比べ、この3つめに関しては、やろうと思えばできることなので最も取り組みやすく、成果を感じやすいものだと言えます。
そして、「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」を正しく把握することの最大の効果は、スタッフにビジョンが語れるようになるということです。
正しい情報をもとにビジョンが語れる
↓
所長の言葉にスタッフが納得できる
↓
所長の熱意がスタッフに波及する
↓
スタッフが簡単に辞めていかない
↓
本当にやりたいことができる
↓
ご利用者様により良いサービスを提供できる
↓
地域に貢献することができる
これが可能となるのです。始めは熱意を持って開設した事業も、いつしかチャレンジを忘れ、地域に貢献する目的を失ってはいませんでしょうか。失ってしまうと、それは外からみてお金儲け目的にしか映っていません。お金儲け目的がスタッフにも分かると、スタッフは自主性を失います。組織は動かなくなるのです。
さいごに
今回は、実際に所長、各ステーションの統括として訪問看護の管理に携わり培ってきた内容をお伝えさせていただきました。
組織を動かすことは簡単なことではありません。しかし、組織を愛し、安心と自信を抱ける環境のもと、明確なビジョンを掲げて取り組むことでどこにもない、自分たちの組織が作り上げられるでしょう。
最後に、わたしが所長を任命する際にはじめの基準としていたポイントをお伝えしたいと思います。
それは、フォロワーシップがとれている人です。
キャプテンシーを正しい方向に発揮してゆける人は、スタッフとしてフォロワーのポジションでも適した行動がとれています。スタッフのときは自分勝手だった人が、所長になった途端、急に素晴らしい人格者になることはまずありません。
組織のなかでは、リーダーシップをとっている人は目立ち、優れている様子が分かりやすいでしょう。目立つ人だけではなく、日ごろから協調性を持ち、所長や他のスタッフが大変なときにも尽力してくださるような優れたフォロワーシップをとっている貴重な人財も見逃さず、大切にしていきましょう。
以上、参考にしてくだされば幸いです。