精神に障害を持つ人の社会復帰を促進するための制度
最新のデータ(2022)によると、我が国の刑務所収監人数は約4万2千人に及びます。そのうち、熊本県では約310人の方々が収容されています。このなかには、精神障害や認知症のために、善悪の区別がつかない状態で罪を犯してしまう方も多くいます。
実際に熊本では、新受刑者のうちIQ70未満が約2割、60歳以上が2割となっています。
このような方々は刑務所を出所しても社会復帰には困難を伴う場合が多く、医療や福祉の調整や社会復帰の継続的な支援を行うことが必要であり、そのために医療観察制度が設けられています。
わたしも実際に医療観察制度対象者の訪問看護に入っていた経験があり、今回は法務省のしおりやデータと、私の経験を踏まえて解説していきます。
結論
- 制度の対象は、“心神喪失または心神耗弱”の状態で、“重大な他害行為”を行った方
- 目的は、“罪を犯したくなかった方”の自立を助ける+“累犯”を防ぐこと
- 制度の流れは、“審判”→“指定入院医療機関における医療”→“地域社会における処遇”
- 罪を犯した人で特別な支援が必要とされる人をサポートする地域生活定着支援センター
- 訪問看護は厚生局から指定を受けたステーションが対応することができる
①対象は、“心神喪失または心神耗弱”の状態で、“重大な他害行為”を行った方
心神喪失、心神耗弱とは、精神障害のために善悪の区別がつかないなど、通常の刑事責任を問うことができない状態を言います。このうち全く責任を問えない場合を“心神喪失”、限定的な責任を問える場合を“心神耗弱(こうじゃく)”と言います。
また、重大な他害行為は“殺人”、“放火”、“強盗”“不同意性交”、“不同意わいせつ”、“傷害(軽微なものは除かれることもある)”に当たる行為を言います。
対象者は上記に当たる方です。対象者の多くは身寄りがおらず、いたとしても協力が得られることは多くありません。犯罪歴から住む家をみつけることも、仕事を探すことも困難となります。社会全体からも犯罪者としてみられることから孤独に陥り、それがまた別の犯罪に手を出してしまう恐れを高めていくのです。
そのため、入退院、通院を適切に決定するための手続き、手厚い医療の提供、地域において必要な医療やケアを確保するために医療観察制度が設けられています。
②目的は、“罪を犯したくなかった方”の自立を助ける+“累犯”を防ぐこと
「なぜ、罪を犯した人々を支援するのか」こう考える方も多くいると思います。自分自身や家族が被害にあった場合を考えると、許せない気持ちは当然であり、孤独になるのも自業自得だとの声も十分に理解できます。それでも、なかには上記に記した心神喪失状態にあり、不幸にして加害者になってしまうケースがあるのも事実です。
さらに、皆様は我が国における元受刑者の再犯率をご存じでしょうか。法務省のデータによると、再犯率はなんと49%(刑法犯検挙者中の再犯者数及び再犯者率)にのぼります。検挙者数は年々減り続けているのですが、悲しいことに2人に1人は再び罪を犯しているのです。
さらに第3の罪、第4の罪と繰り返してしまう“累犯”が増えてしまうことは、さらなる被害者を生むことにつながります。こう考えると、罪を犯してしまった人々の支援の必要性も理解できるかもしれません。
③流れは「審判」「指定入院医療機関における医療」「地域社会における処遇」
では、医療観察制度はどのように進んでいくのでしょうか。概要を流れに沿って説明していきます。
1.審判
「申立て」がされると、原則的に「鑑定入院」することになります。裁判所では裁判官と精神科医により「審判」が行われます。審判の結果、この制度による医療の必要が認められる場合に「入院」または「通院」のいずれかが決定されます。
ここで登場するのが保護観察所の「社会復帰調整官」です。保護観察所は対象者の処遇に審判のときから一貫して関与し、関係機関相互の連携が確保されるよう、コーディネーターの役を果たすとされています。社会復帰調整官は、対象者の社会復帰を支援する専門家となります。
わたしも「社会復帰調整官」と仕事をさせていただきましたが、日々の関わり方やカンファレンスの進め方、日中活動の方向性などについて常に相談しながらケアに当たることができ大変心強い存在でした。
そして何より、対象者の一番の理解者であると感じました。支援に関わる人は増えていきますが、調整官が一貫して関わることが大変重要な役割を果たしていると感じています。
2.指定入院医療機関における医療
入院決定した場合「指定入院医療機関」に入院します。どこの病院でも良いわけではなく、国公立病院等で制度担当の基準に適合する病院のうち、厚生労働大臣が指定するものです。この医療機関は全47都道府県にあるわけではなく、31の都道府県にあります(R5.4.1現在)。熊本県では、「国立病院機構菊池病院」がこれにあたります。
入院中も「社会復帰調整官」による生活環境の調整が入り、退院後の社会復帰促進のために動いています。
なお、この入院は全額国費により賄われます。
3.地域社会における処遇
通院決定、または、退院許可を受けた方は「指定通院医療機関」で医療を受けます。
通院期間中も、社会復帰調整官による「精神保健観察」を受けます。これは継続的な医療を確保することが目的です。また、精神保健福祉センターや保健所、障害福祉サービス事業者、訪問看護ステーションなどによる援助が併せて行われます。
保護観察所は、上記関係機関とともに「ケア会議」を開催して情報共有するとともに、地域社会における処遇内容を定めます。
私もこれまでに何度も「ケア会議」に出席した経験があります。心身の状態も自宅での生活状況も最もよく知るのが訪問看護師ですので、ご本人の想いを十分に踏まえながら情報共有を行っていました。病院や調整官も毎週のように様子をみているわけではないため、タイムリーな情報を持つ私たち訪問看護師の意見は、会議の中でも重要な情報として扱われていました。
この通院期間は、原則3年間です。この期間が期間満了により本制度が終了となります。病状によっては、裁判所の決定により2年を超えない期間での延長がされることや、再入院、期間満了前に終了となるケースもあります。
④特別な支援が必要とされる人をサポートする「地域生活定着支援センター」
地域包括定着支援センターは保護観察所の要請により、刑務所を出所しても受け入れ先がない障がい者や高齢者のうち、自立生活が困難な方に対して医療や福祉の支援につなげるサポートをされています。
実際に刑務所にも出向かれ、退所後に必要な福祉サービス等の申請や調整を行うほか、受け入れてくれた福祉事業所に必要な支援等を行うなど、その役割は多岐にわたります。
わたしの仕事上での経験でお話しすると、生活で最も安定が必要な“衣食住”の支援を行ってくださる大変心強い機関であると思っています。対象者本人との関わりだけでなく、サポートする機関と綿密に連携を図ってくださり、定着支援センターの相談員様なしでは成り立たないものであると感じます。
熊本県では、社会福祉法人済生会の支部熊本済生会様が県より委託を受けて運営をしてくださっています。
⑤訪問看護は厚生局から指定を受けたステーションが対応することができる
実際に医療観察制度のなかで関係する可能性がある関係機関は「病院」「保護観察所」「定着支援センター」「生活保護課」「障害福祉課」「保健課」「相談支援事業所」「訪問看護ステーション」「就労支援事業所」「ヘルパー事業所」などがあげられます。
先でも述べたように、訪問看護はこの制度のなかでも退所後の自宅で実際に心身の状態を観察し、タイムリーな情報を持つ存在です。それだけに専門性の高さ、知識の豊富さ、判断力、連携力とすべてにおいて高い水準が求められます。
訪問看護ステーションにおいては、厚生局に届出が必要であり、医療観察制度上での訪問看護を提供できるスタッフを個別で申請する必要があります。どこのステーションでも対応できるわけではないため、ぜひ当サイトをご活用ください。
最後に、犯罪をした人を雇用し社旗復帰に協力する“協力雇用主”の募集もされています。再犯を防ぐために重要なこととして、仕事に就き、職場に定着して責任ある社会生活を送ることが重要とされているからです。再犯者の約7割以上が無職というデータもあります。就労支援を効果的に実施し、再犯を防止するためにも「雇用主」の存在が不可欠です。
国は雇用主のために奨励金や保証制度、トライアルなども設けています。職場体験の受け入れでも最大2万4千円が支払われます。
この機会に、医療観察、そして、共生社会について考える機会になってくださると幸いです。
以上、参考にしていただけると嬉しいです。
参考
- 法務省 医療観察制度のしおり
- 法務省 再犯防止をめぐる近年の動向より
- 社会福祉法人済生会支部熊本県済生会 地域生活定着支援センターごあんない